「……怒られるかしら?」

上目遣いで俺を見つめる翠の瞳が、うっすらと潤んでいる。彼女の細い指先は、所在なさげにツンツンと突き合わされていた。
ここは彼女の星艦、リリアナ号のリビング。暖色系の照明が、彼女の艶やかな黒髪に星屑のような光の粒を反射させている。俺の膝の上にちょこんと座る宇宙一の歌姫であり、宇宙最強の賞金稼ぎでもある俺の婚約者は、今、ひどく怯えた小動物のような顔をしていた。
事の発端は、彼女がかつてアルタナの呪縛を解くために宇宙を巡っていた時期の話だ。彼女は俺の母、江華の墓がある烙陽を訪れたらしい。そこまではいい。俺の母に挨拶に行ってくれたというのは、素直に嬉しいことだからだ。だが、問題はその「手土産」だった。

「マミーへの贈り物が、メロンのお菓子の詰め合わせ……ね」
「ご、ごめんなさい……っ! 江華様が何をお好きか分からなくて……わたくしが一番美味しいと思うものを、つい……」
しゅん、と見えないウサギの耳が垂れ下がる音が聞こえた気がした。彼女は本当に、心底申し訳なさそうに俺の服の裾をぎゅっと握りしめている。
宇宙の裏社会を震え上がらせる「黒い彗星」が、死者の墓前にメロンケーキやメロンパフェを並べて手を合わせている姿。それを想像した瞬間、俺は堪えきれずに吹き出してしまった。

「あはははっ! なにそれ、傑作! 彗羽ちゃん、マミーの墓の前でメロンケーキ広げたの? マミー、絶対呆れて笑ってたと思うヨ」
「も、もう! 笑わないでちょうだい、神威君! わたくしだって、後になってから『お花だけの方が良かったかしら』って反省したんだから……!」
顔を真っ赤にしてポカポカと俺の胸を叩く彗羽の細い手首を、俺は笑いながら軽く掴んだ。怒っている顔も可愛いけれど、これ以上からかうと本当に泣いてしまいそうだったからだ。

「怒ってないヨ。むしろ、すっごく嬉しい」
俺は彼女の手首を引いて、そのまま腕の中にすっぽりと閉じ込めた。彼女の首筋から、いつもと同じ雪と星辰花の冷たくて甘い香りがする。
「……本当?」
「本当。俺のマミーはね、綺麗で、強くて、でも少し寂しがり屋だったから。彗羽ちゃんみたいな可愛い子がわざわざ会いに来てくれて、しかも自分の大好物をお裾分けしてくれたなんて知ったら、絶対に喜ぶヨ」
俺の言葉に、彗羽は少しだけホッとしたように息を吐き、俺の胸に額を擦り付けた。

彼女の生い立ちを思えば、誰かに「贈り物」をするという行為自体が、彼女にとってどれほど手探りで、不器用なものかよく分かる。ゴミ山で育ち、生きるために毒キノコを齧り、血の味しか知らなかった少女。そんな彼女が、ショーケースに並ぶ甘くて綺麗なメロンのお菓子を大切に抱えて、俺の家族の墓前に立ってくれた。
その事実だけで、胸の奥がどうしようもなく温かくなる。俺の婚約者は、強くて残酷な顔の裏側に、こんなにも純粋で無防備な優しさを隠し持っているのだ。

「でも、お供えしたメロンケーキ、結局どうしたの? 置いたまま?」
「ううん。お参りが終わった後、もったいないからわたくしが全部食べたわ」
「……やっぱり」
「だって、カラスとかに食べられちゃったら嫌じゃない! それに、江華様も『残さず食べなさい』って言ってくれる気がしたの!」
むん、と胸を張って正当化する彼女の鼻先を、俺は軽く指で弾いた。
「痛っ」
「食い意地が張ってる兎にはお仕置きだネ。今度行く時は、俺も一緒に行くヨ。その時は、地球の美味しいお米でも持っていこうか」

彗羽は鼻をさすりながら、ぱっと顔を輝かせた。翠の瞳が、まるで本物の宝石のようにキラキラと光を反射する。
「ええ! 約束よ、神威君。二人で会いに行きましょう」
そう言って微笑む彼女の笑顔は、どんな星空よりも綺麗だった。俺はこの笑顔を守るために、彼女の隣にいるのだと改めて思う。

「それで? 今日のおやつはメロンショートケーキ?」
俺がテーブルの上に置かれた小皿に視線を移すと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうなの。神威君も一口食べる? 甘くて美味しいわよ」
フォークで小さく切り取ったケーキを、彼女は俺の口元へと運んでくる。俺は甘いものはそこまで得意ではないが、彼女がこうして差し出してくれるものを拒む理由なんて一つもない。
ぱくりと口に含むと、メロンの爽やかな甘さと生クリームの風味が広がった。

「どう? 美味しい?」
「うん、美味しいヨ」
「ふふっ、良かった」
満足そうに笑う彼女の唇に、俺は軽くキスを落とした。メロンの甘い匂いが、二人の間にふわりと溶けていく。
「っ……! もう、唐突なんだから……」
「彗羽ちゃんが可愛すぎるのが悪いんだヨ」
「……馬鹿」
照れ隠しに小さく悪態をつく彼女の頭を撫でながら、俺は目を細めた。
不器用で、強がりで、甘えん坊な俺の彗星。彼女がもう二度と、一人で冷たい墓前に立つことがないように。これからの長い寿命の果てまで、俺がずっと隣で、その甘い言い訳を聞いてやろう。